当項は筆者一個人の解釈を示すものであり、これを読み手に強制するものでも、”答え合わせ”ということでもありません。
読者の皆様におかれましてはどうかご自身の思ったこと・感じたことを第一になさってください。
◆欠けた月 (2021年10月)
定番(?)のFBネタです。『唯一無二』とかにも書きましたが、そもそも将校は兵営という場所にはほとんど縁がないそうで、そこで用足しをするくらいですから勇作さんは本当しょっちゅう兄に会いに来てたんじゃないでしょうか。
タイトルは月は欠けてもまた満ちる/欠けても満ちても月は月というフル・サークルを意識しています。
◆未ダ罪ノ味ヲ知ラズ (2021年10月)
この頃ロクに近代日本史を知らなかったのもあって設定も甘ければ解釈も古いんですが、上等兵×少尉でかつ兄×弟という関係性の複雑をまあまあよく書けた気がしています。完結してから読み返すと「お前も絵になったぞ」とツッコミ入れられるのがおもろいです。この展開は300話以降では逆に書けなかった気がします。
余談ですが、原作が桜とか菊といった軍国主義と縁の深いシンボルを使わずにお話を描いてるのはさすがプロだなと改めて思いました。
◆あなたのいるブランチ (2021年10月)
当時諸事情で飢餓状態にあった筆者の「好青年が作ったサンドイッチが食べたい」という執念の凝結です。話の筋および副題は「人はパンのみに生くるものにあらず」と掛かっており、英題はノアの方舟のエピソードから和睦の慣用句として使われるフレーズのもじりで、オリーブの枝(branch)と朝食兼昼食のブランチ(brunch)が掛詞になっています。
パンはパンだけだとパンだし、具は具だけだと具なので、サンドイッチは(というかたぶんあらゆる料理は)一種の化学反応の結果であり、人と人との関係もそのようなものかもしれない……そんな感じの話です。
◆融けない氷 (2021年11月)
当時勇作さん視点がまったく書けず、習作としてああでもないこうでもないと悩みながら書いたものです。実のところ勇作さんの気持ちは兄に届いている(「”人目のあるところでは”今回のようなことはどうか御勘弁願います」です)ので実際にはタイトル詐欺なんですが、ちょっとわかりにくいかなと思ったので本書では完結後、特にアニメ4期放送開始記念インタビューの知見でもって少し多めに加筆しました。
◆線非対称の執着 (2021年11月)
いわゆる”信頼できない語り手”ものです。
この勇作さんは兄の”初めての相手”を想像してちょっと妬いていて、尾形の方は証明に忙しくてそれを全然わかってない……というか耳年増なだけで勇作さんが初めてなのでそんなことは思ってもみず、しかも化けの皮を剥がそうとして自分に宛てられた愛を発見してしまうという、表向きの仄暗さに反してちょっと愉快な話です。
◆最後の一本 (2021年11月)
事実上、行動嗜癖の話です。微妙な距離感の隣人はシライシ。この題ではありますがたぶん禁煙は難航して最後の一本では済まないし(ニコチンの身体依存が消えるまではなんと十年程かかるそうです)、煽った宇佐美からはめちゃくちゃ煽り返されるわ目の前でうまそうにタバコ吸われるわでロクなことなさそうですが、それでも尾形は勇作さんと同じ世界で生きていくのだろうと筆者はかたく信じています。
◆北緯五十度線の蝶 (2021年11月)
日露の国境線でやった”日露戦争延長戦”が尾形に何を思い出させたのかというのをバタフライエフェクトっぽく書こうとしたものです。たいてい完成後に即興でタイトルをつける筆者には珍しく、タイトル先行で書いた話でした。
蝶のモデルはカラスアゲハで、角度で色が変わるのとか後翅の赤斑が個体や種によってあったりなかったりするのを幻惑の演出にしました。こういう役どころはフィクションでは一般にモルフォ(特定の種というよりも概念としての青い蝶)が多いですが、白と黒の世界に生命/血の赤、という色彩ショック的な要素を盛り込みたくてこのようにしています。
◆狙い過たず (2021年12月)
いい兄さんの日に書いたニ篇のうちの片割れです。初期稿では額にキスしていたのを310を期に左目に直してあります。本誌完結前の作にも関わらず尾形に「いつか」が来ているのは当時の筆者の希望的観測または願望に基づく解釈ですが、そこは本当に「狙い過たず」だったのでよかったなぁと思っています。
◆続・あなたのいるブランチ (2021年12月)
こちらもいい兄さんの日に書いたものです。この前後編の尾形はQOLもエンゲル係数も低く生活に潤いがない尾形ですけども、ひとり暮らしが長くてこうなってるだけで可塑性はあると思います。これ書いた時は原作300話行ってないくらいだったので金色のパンが出てくるのは金塊のイメージと筆者の重度のユングかぶれによる偶然ですが、カラー版310で「な~んだやっぱり勇作さんが尾形の霊的黄金じゃん」ってなったのでそのつもりで多少加筆しています。
◆福音のカタログ (2021年12月)
基本勇作さんからの押しに弱い尾形ばかり書いてるんですが、この尾形も『狙い過たず』の尾形の次くらいにチョロい気がします。尾形が何と言おうが人はみな飼い葉桶かなんかに生まれた光の子だから、ちゃんと祝福はあるんだよ、という祈りを込めた話でした。
◆Unforgettable (2022年1月)
尾形の誕生日当日に公開したものです。いつまでも忘れられない、すなわち「過去にならない」というトラウマ時制を意識しつつ、夢も夢らしい夢ではなく加工の少ない記憶の反復(平たく言えばフラッシュバック)として書きました。誕生日の話なのに救いがないのは敢えてのことで、というのもこの後原作で必ず”祝福”が描かれるものと信じていたからです。
◆問う者 (2022年1月)
『Unforgettable』の対として誕生日に書いたものです。これ勇作さん出てこない上にやたら陰鬱なので入れるかどうか最後まで悩んだんですが、「誕生日が嬉しくない(生を祝福されていないので自分でも祝福できない)人」という当時の筆者の尾形観を補完するものとして上記ともども収録いたしました。ご了承ください。本書収録にあたり、戊辰戦争後の士族の実情を念頭においた加筆修正をしております。多くは森鴎外『ヰタ・セクスアリス』や金子光晴『絶望の精神史』などの当世の描写に依りました。
◆青い鳥 (2022年3月)
本誌で310を読んだ次の日くらいの筆者の剥き出しの感傷に後日400字程度加筆したもの。マガモのオスのことを青首と言うのと165話の狙撃シーンに落鳥のコマがあるのをメーテルリンクに引っ掛けて『青い鳥』です。
作中の詩はキャンベル&モイヤーズ『神話の力』に載っている12世紀のトルバドゥール、ギロー・ド・ボルネイの作(教会によって自由恋愛が罪咎とされた時代にこういうものを書くのはガチのマジで命懸けだったそうです)を元にしています。
◆山猫は祈らない (2022年3月)
本誌310を読んだ後「これはたぶんエピローグもあるな」って薄々思ってたんですが、もしなかったらどうしようという一抹の不安のために自分用のレクイエムとして本誌311-312らへんに書いたものです(最終的にはヴァシリによって喪の作業が為されたのでよかったです)。内容的には尾形の中に初めて他者が棲んだことの証明であり、”道理”を前後で致命的に矛盾させているのも、作中の”誰がどうして泣いているのか”という問いに簡単に回答できないようになってるのもわざとです。筆者は答えっぽいものを無数に想定しながらそのどれであってもいい(その全部でもいい)ように書きました。好きに読んでもらえたらと思います。
◆いつか別れてゆく人へ (2022年4月)
英題の”A farewell to arms”はヘミングウェイ『武器よさらば』の原題から。引き止める展開に引っ掛けてarms(武器/腕)が掛詞になっています。
尾形に愛の自覚がない(というか”欠けた人間”の自身に人を愛する機能があると思ってない)だけで実はお互いに全き人間/同じ気持ちだというのを意地悪く書きました。よって”勇作と俺は同じではない”という描写はすべて尾形の自己欺瞞です(「尾形の側に交わす情はないからだった」他)。人間の身体には触れ合うことで心拍や呼吸のリズムをシンクロさせる機能があるそうですが、先の欺瞞ひとつのために元は同じはずのふたりが同じにはならないという、そういう切なさの話です。
全作中これがいちばん難産で、書き始めから完成まで約四ヶ月かかったのでその間に冬どころか原作も終わってしまいました……。
ここから上は原作完結前、
ここから下は原作完結後の作です。
◆唯一無二 (2022年8月)
『融けない氷』『いつか別れてゆく人へ』と同じようなすれ違い風のやつです。「こんなことは俺の前でだけにしてください」は頭フリーズして本人も自分で何言ってるかわかってなさそうですが、狙撃手らしい殺し文句でなかなかいいんじゃないでしょうか。原作243話からしても兵士としての尾形は宇佐美をある種の模範と考えていたと思うので、後半部分はそこのところを考慮して書きました。最後の「お前には逆立ちしたってわからんだろうよ」は表向きには突き放してる台詞ですが、これを言う時の尾形がどっちの側に立ってるかはその実微妙だと筆者は思ってます。どっちにも立ってなくてひとりなのかも。
余談ですが黄リンを使っていた時代のマッチは非常に着火しやすかったそうで、古い映画を観てるとエッこんなんで火つくの? というようなシーンが時々出てきます。ちなみに殺鼠剤の主成分でもあるそうです。
◆祝福に至る道 (2022年8月)
ミニポス時空かつ310後を意識しての某宗教詩のパロディです(Twitterでの公開時、元の詩も併せて読んでくださったという方がおられて嬉しかったです)。勇作さんからの愛を通して世界/他者に開かれてゆく様をイメージしました。本人と認識した途端に尾形の口調が変わるところが地味なこだわりです。
副題の「負けて勝つ」というのは他者から担われることの意義と、「七転び八起き」(本書的には「猫に九生あり」)に引っ掛けています。
◆ロースコアゲーム (2022年8月)
副題の「ホームに帰れない」は家と本塁のダブルミーニングです。原作のふたりの生活史に暗く影を落としているイエ制度と野球に取り込まれている戦争要素を踏襲して……と言いたいところなんですが、本当のところは筆者の贔屓のプロ野球チームがあまりにも点を取らないのでムシャクシャして書きました。お察しください。
七回で『私を野球に連れてって』が流れるのはMLBの試合なので本来は時差とか向こうのナイターの少なさとかを考慮しないとなんですが、アメリカ在住だとか、プレイバックだとか、あるいはメジャーかぶれの架空のNPB球団があるとかでうまいこと補完していただければと思います……。
この尾形の父上への態度は言わば不良少年的なアンビバレントから出ているものであって、勇作さんを人質にとってどうこうみたいな悪どいことは考えてないと思います。単純に、寂しいとか人肌恋しいとかをどう表したらいいかわからない人、として書きました。一見狡猾ですが、見ようによっては他の話の尾形よりだいぶ素直かもしれません。
◆双つ星 (2022年9月)
元々は七夕の話ではなかったのが、書いているうちに「運河を天の川に、ペアリングを織姫と彦星に見立てたら超ロ~~~~~~~~~~マンティックなのでは?」という筆者の突飛な思いつきでこうなりました。時期外れなのはそういう理由です。
綿密な計画のもとデートでプロポーズする尾形、人生設計もバッチリなんでしょうか。自分で指輪買っておいてあなたが俺に嵌めてくださいなんてそんなのアリかよ~と書きながら思ってましたが、そこに人を愛することに対する尾形の慎重さや臆病さを表現したつもりでいます。ちなみに(勇作さんから見ても)背の高い船頭さんはボウタロウです。
◆昨日のまろうど (2022年11月)
ハロウィン何も書けなかったな~とか思ってたら11月2日夜に突然ひらめきが下りてきて数時間で書いたという経緯があります(なので本当のところは『一昨日のまろうど』でした)。そもそもが短い話ですがこんなスピード完成することまずないのでよほど筆が乗ったんだと思います。戦場を駆け回る旗手と”馳走(原義は走り回ること)”がうまく掛かったのが決め手だったかも。
「昨夜はお楽しみ」だったこのふたりがどういう関係なのかあんまり詳しく書くのも野暮に思うんですが、話自体はトラウマ時制の回帰的な特性と成仏かなわず現世を彷徨う魂(ウィル・オ・ウィスプ/ジャック・オ・ランタン)を綾とした上で、『Unforgettable』よりも先にある希望を書いています。
◆夜明けに進路を取れ (書き下ろし)
題名はヒッチコックの『北北西に進路を取れ』から拝借しましたが、内容的にはむしろイーストウッドの『ブロンコ・ビリー』の方が近いような気もします。尾形のみならず人間は誰しも”演じる人”だということ(いわゆるtheatrum mundi/シェイクスピアが有名ですがそれ以前にもプラトンにまで遡れる思想)、残りページなど紙媒体の小説であることも加味したメタ構造の話であり、あらゆる意味で本書の総括になっています。
ああだこうだ考えてるうちにメガネを外し忘れてしまう尾形、兄が本を通してメッセージを受け取ったことに気づいたけど深入りはしない勇作さん、双方に自分の思うかわいげを込めました。