息を止めたその瞬間、構えた銃とひとつになる。手に巻いた負い革を握り締め、目は狙うべき一点だけを見据えて、生の揺らぎを凍らせた指が、なめらかに引金をひく。
 百之助少年にとって、その儀式はいつも問うことに等しい。銃声を挟んで、答えはすぐに与えられる。百之助が正しければ、すなわち、標的はいつだって地に墜ちた。寒空の下、吹き消された蝋燭のような温度だけを骸に残して。

 日々、百之助は鳥を撃つ。何も鳥のことが憎くてそうするのではない。今日こそは母が褒めてくれるかもしれない。せっかくだから鳥鍋にしましょう、とやさしく微笑みかけてくれるかもしれない。――かもしれない、その望みは有りや無しや。ただそれを確かめたい一心、それが百之助の全部であった。
 間違ったやり方で題をべることはできない。祖父に教えられたのは鳥を撃つやり方ではなかったから、百之助はまず獲物をよく知ることから始めた。そこに観察と試行の並々ならぬ反復があったことは言うまでもない。鳥が塒と水辺を行き来する刻や風向きの計算などを実地で学び、その生態を完璧に理解する頃には、百之助の腕前は既に百発百中を誇った。しかし、百之助の上達ぶりを目の当たりにした祖父は鳥などに無駄弾を使うなと取り合わず、孫に流れる仇敵の血を憎悪した。おっつぁまは関係ない、とは百之助は言わなかった。言ったことがなかった。高級将校の庶子である少年にとって父とは鏡の中にしかいない人、母と己を捨てた人であり、まして銃が得意かなど知る由もないからだった。
 そうして、来る日も来る日も百之助は的を外さなかった。ただ、母に対する期待だけが外れ続けた。浅草でも故郷でも好奇と軽蔑の目に曝され、身も心も傷ついた母は遂に父との過去のみに生きる人になって、冬の間はいつも父のためにあんこう鍋を作り、 いまに取り残されたる息子を顧みることをしなかった。ときおり慈雨のように注がれるまなざしも、実のところは百之助に宿る父の面影を見ているに過ぎなかった。
 試みがあだに終わるたび、撃った鳥は地中深くに埋められた。畑に蒔く種とは違い、それは春になっても芽を吹かない。だからまったく徒だった。無価値だった。俺の何が間違っているのだろう。空腹ではなしに餓えて、百之助はしばしば自問した。この世に神がいるなら訊いてみたかったが、父がただの一度だって自分たちを訪ねてこない以上、そんな都合のいいものが存在するとも思えなかった。
 であれば、やはり答えは自分で探すしかないのだろう。銃という問いの手段のもと、百之助は自身が正しくあることを欲した。己が欠落を埋める術はないというのが真ならば、この上何を失おうと関係なかった。

 だからとうとう、百之助は母を諦めることにした。
 一月二十二日、母の幸福だった日々に寄せて、その日の百之助は鳥を撃ちに行かなかった。舶来の小銃は漆喰の壁に掛かったまま、障子越しのおぼろな陽を浴びて光っていた。夕餉にはいつも通り、あんこう鍋が供された。椎茸には百之助の手の届かない、いと高き星の模様が刻んであった。
 祖父母のいないその晩、百之助は自ら望んで母の手料理を食した。こう言うのも最後になると思って、おいしいと言った。振り返った母のまなざしは矢張り現在いまではない刻を見ていて、そして実際にそれが最後になった。

(了)

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